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中国語と日本語の諺・成句の中に、あることを形容する時、同じような表現を使うことが多くあります。例えば日本語の「百聞は一見に如かず」は、中国語の≪百聞不如一見≫と同じです(と言ってももともと中国語から来たものと言えます)。一方、全然違う言い方をするものも数多くあります。
≪三天打魚、両天晒網 サン ティエン
ター イー リャン ティエンシェ ワン≫
「三日坊主」
「打魚」は魚を捕ること、「晒網」は魚網を干す、さらすこと。三日は魚を捕り、二日は網を干すというように、物事を根気よくやりつづけられないことを言っています。日本語では、坊主を使います。
≪麻雀●小、肝胆倶全 マー チェ スイ
シャオ ガン タン チェ チュエン≫
「ごまめでも尾頭つき」
麻雀はスズメのこと。小鳥でもちゃんとした内臓が揃っている、小さいものを侮ってはいけないという諭しです。日本語では魚をたとえに使っていますね。一部の辞書には「一寸の虫にも五分の魂」と訳しています。ちなみに、日本の繁華街でよく見かける「麻雀」ゲーム店の看板は中国人に「スズメの店」と誤解されます。マージャンは中国語では「麻将」と書かなければなりません。
≪高不成、低不就 カオ プン タン
ティ プ チオ≫
「帯に短し、たすきに長し」
高いところには成っていない、低いところにも就かない、中途半端の状態を言います。中国語では諺というよりもごく一般の日常語として使われます。日本語は和服のパーツを使って表現しているため、いかにも上品に感じられますが、やはりマイナスの意味です。
≪痩死的駱駝比馬大 ソウ ス ター
ロー トァ ビー マー ター≫
「腐っても鯛」
両方とも「よいものは条件が悪くてもその値打ちが下がらない」のたとえです。中国語ではどんな痩せて死んだ駱駝も馬より図体がでかいと、馬とラクダで表現します。一方、日本語では、姿は美しく味も美味しい「魚類の王」と称される魚の鯛で表現しています。ここでも遊牧民族と海洋民族のことば使いの違いがうかがわれます。
最後にクイズ。
≪拍馬屁 パイ マー ピー≫はどんな意味でどんな時に使われるでしょうか?
ヒント:「拍」はたたく、「馬屁」は馬のお尻のことです。直訳すれば、「馬のお尻をたたく」の意味です。
答え:「ごますり」と同じ使い方。昔の遊牧民が馬の交易をする市場で馬の尻をたたいて相手の馬を誉めていました。後にこの≪拍馬屁≫がお世辞をいうという比喩になったわけです。それにしても、日本語の「ごますり」とお世辞の関係が私には分かりません。
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